既存の日本語教育方法に疑問をもち、自らオンライン日本語教育サービスDORAを立ち上げたNguyen Trung Duc(グエン・チュン・ドゥック)さん。エンジニアとしての目線から自身が日本で感じたこと、これからの日本との関わり方についてお話をうかがいました。
ハノイ工科大学のプログラムで日本の大学に派遣
――初めて日本へ来たのはいつですか
大学生のとき、ハノイ工科大学のプログラムを利用して日本に来ました。
このプログラムは、ITと日本語の習得を目的としており、2年間ベトナムで日本語を勉強したのち、日本の各大学に派遣され、学位を取得するというものです。
私は、大学の学生100人中の上位20%だけがもらえる奨学生に選ばれ、慶應大学で2年間を過ごし、IT企業3社でインターンシップを経験しました。
――日本に留学しようと思った理由を教えてください
もともと日本のことはよく知りませんでしたが、兄がITエンジニアとして日本で働いた経験があり、日本はいい国だとよく聞いていたので興味を持ち留学することにしたんです。日本語は、大学に入学後、第二外国語として学び始めました。どこか外国に留学したいという気持ちはあったんですが、それが日本である必要はなかった。
でも今考えると、日本へ行ったことはいい選択でしたね。
ーー大学生活はどうでしたか?
日本にいた期間は2年間と短かったのですが、その期間でも活躍できるように努力しました。授業とは別に、課外活動として2つの研究会に所属していました。研究会では、毎週ミーティングをして、各々興味のある分野、私の場合は量子コンピュータについて研究し、論文を書きました。
また日本の文化を理解するために、合気道サークルにも入りました。サークルでは多くの友達とともに日本の伝統的な武道を勉強することができ、楽しい時間でした。
――日本では、どんな風に友人をつくりましたか
Facebookを活用してベトナム人向けに日本についての情報をシェアするグループを作りました。徐々にメンバーが増えて現在では30万人以上が参加するコミュニティです。日本語や日本についての様々な情報を発信しています。
日本の良さをベトナム人に伝えたい
――コミュニティをつくったきっかけは
日本に来るベトナムの人たちのために、日本の良いことや日本語の勉強方法を伝えたいと考えたことがきっかけです。最初は、友人たちにシェアするところから小規模で始めました。
ちょうどその時期、日本に来るベトナム人が急増していて、私自身彼らと関わる機会も多かったのですが、みんな日本についての情報を求めていたのでグループも一気に大きくなりました。同時に日本で苦労しているベトナム人も多くいましたし、日本について正しい情報を知ってほしいという思いもありました。
私は日本が大好きです。だから単純にその気持ちを皆に伝えたかった。景色もステキだし、たくさんのいい人、いい先生方に出会って有意義な日々を日本で送ることができたので、留学生活の中でこの国の文化や人など全てが好きになっていきました。
インターンシップで感じた「壁」
――日本ではインターンシップもされたそうですが
日本のIT企業で3社インターンシップをしました。1社目はゲーム開発の会社でした。授業のない日は1日中、プログラミングの仕事をしました。
その会社は外国籍の方の割合が高く、ベトナム・インド・フランス・台湾などからエンジニアとして正社員も多く来ていました。普通の日本の会社よりは外国人が多い環境だったので日本人も慣れているという印象でした。
――日本語のコミュニケーションは苦労しましたか
私はベトナムでずっと日本語を勉強していて、来日時に日本語能力試験のN2をもっていたのですが、初めて日本へ来て仕事をするときはコミュニケーションに関して色々な問題が発生しました。
言いたいことがあっても伝え方がわからないので勘違いがたくさんあって、それを理解しないで怒る日本人社員もいました。
私は日本人の上司・同僚とも仲が良かったですが、他のエンジニアは日本人の同僚と喧嘩することもありました。喧嘩の原因は、日本語でのコミュニケーション。日本語でのコミュニケーションが上手でないと、上司からの指示を間違って把握して作業し、仕事に影響も出たりしました。
日本人からバカにされたり、外国人へのいじめなど、はじめは小さいことからですがどんどん事態が大きくなって、結局辞めてしまった外国人社員もいました。
――社内で日本語や専門用語などを学ぶ機会はありましたか
ほとんどありませんでした。
外国籍の社員はたくさん居たのですが、会社としては、「通訳してくれる人がいればいい」「それで業務が回れば問題ない」というスタンスでした。そのため、特に日本語や専門用語を教えてもらったりすることはありませんでしたね。
実際には、私が通訳係になることが多く、ベトナム人エンジニアと日本人エンジニアとの間で板挟みになることがよくありました。
どちらが悪いという訳ではなく、お互い言語が違うので、指示を100%理解できていないという、それだけの問題です。
ただ、壁は壁です。解決しなければいつまでも壁であり続ける訳です。
日本語が壁になって、技術レベルも向上できないという悪循環になってしまう。いちばんは、まず日本語を勉強するしかありません。
私と彼らエンジニアの技術のレベルはほとんど変わらない。ただ、いちばんの違いは日本語能力の差だけでした。
――ベトナム国内ではITエンジニアの給与水準は、高騰しており、かなり高いですよね。むしろ日本よりも高い給与を出す企業もある中で、なぜベトナムからITエンジニアが日本に来ているのですか
日本で自分の世界を広げたい、お金を少し稼ぎたい、またベトナムに戻って経験を役立てたいというのがほとんどです。あとは日本が好きな人でしょうか。新しい技術を学びたいという気持ちもありますが、そのような人たちは日本へ行ってから失望する人が多いです。
日本のIT会社は他国と比較すると古い技術を採用していることが多いと思います。リスクを避けて確実な方法をとっているということだと思いますが、ベトナム人のエンジニアは新技術が好きで、それを応用したいという気持ちが強いです。
日本はロボットや自動車の分野ではたしかに世界トップですけど、ITはそうじゃないですよね。ベトナムは世界におけるITのオフショア拠点ですから、ベトナム国内で仕事をしていてもアメリカ、欧米など、世界の新しい技術にすぐに触れることができます。
自分たちベトナム人エンジニアは新技術をすでにマスターしているのに、その技術を使うことができず、日本の会社で、古い技術を使い開発するという。。同僚のベトナム人エンジニアたちは不満をこぼしていました。
――それ以外の会社でのインターンはいかがでしたか
ベトナム人は自分しかいない環境で挑戦してみようと思い、インターン先を自力で探しました。ゲーム会社と違って、通訳業務をしなくてよかったのが良かったです。(笑)
小さい会社で、もくもくと自分のプログラミングをやる雰囲気で、やり取りも少なかったです。上司や同僚とのコミュニケーションは業務上のことのみで、わからないことがあれば自分でネットで調べるスタイルでしたので、上から教えられることはあまりありませんでした。
もちろん、ベトナムの会社だったら沢山コミュニケーションを取りますし、日本の会社は他と比べても会社の雰囲気や働き方はかなり違うと思います。外国人は私だけで、日本語は壁ではなくても、他の壁を感じることもありました。まあとにかく会社が静かという印象でした(笑)
――日本で働きたいと思いましたか
留学期間も2年と短いですから、まだ日本にいたいという気持ちはありました。でも仕事をするならやはりベトナムでやりたいと思いましたし、自国に貢献したいという想いもあったので、ベトナムに戻ることにしました。
ベトナムへ帰国。日本語教育でNo.1を目指して
――帰国後はどのような仕事をされましたか
帰国後は友人とともに、日本向けのオフショア会社を設立しました。
日本に限らずどんな国でも悪人と善人はいますが、料金の支払い拒否や遅延、部下の日本語の問題など様々な問題が起こりました。はじめに立ち上げた会社では日本人の顧客とやり取りする機会が多く、日本語能力試験のN2をもっている人材を多く自社で採用しました。しかし、N2があってもお客さんときちんとコミュニケーションを取れる人材は少なかったです。もっと社員の日本語教育をしていかないといけないと思うのと同時に、今のベトナムでの日本語の教え方には確実に問題があると思ったんです。
これまで以上に日本語学習者が増えていく中で、それを解決するためには、きちんと日本語を教育する会社が必要ではないかと考えました。
私はもともとIT専門ですので、自分の技術を活かして何かできないかということでオンライン日本語教育システムであるDORAを立ち上げました。
――もとは自社の社員教育のために始めたプログラムだったんですね。日本語を勉強する際のポイントは何であると考えられていますか
私自身、日本語を勉強し始めたときはあまり効果的な学習方法ではなく、日本に行ってから自分なりに勉強の仕方を工夫するようになりました。
ポイントは3つですね。
1つ目に、テレビのニュースや新聞を見て読み上げることは効果的でした。
2つ目に、起床から就寝まで、毎日NHKのラジオを聞いていました。女子高生の話とか、いろんな人物の話からわかる日本人の生活習慣などが学べて面白かったです。
3つ目は、アウトプットですね。自身で立ち上げたフェイスブックのコミュニティで毎日、日本語講座を開いていました。
人に教えることで自分自身もたくさん勉強になりました。講座をやっていくうちに評価やコメントを多くいただき、だんだん自分のしていることが多くの人にとって意味があることなのだなと気付くようになりました。
自身の日本語学習方法を応用して、現在はオンライン日本語教育システムDORAの日本語教材を開発しています。
DORAは、字もわからない幼稚園のときから見ていて思い入れのあるアニメ「ドラえもん」から命名しました。(笑)
ベトナムでは、ドラえもんを知らない人がいないってくらい、大人気です。
教材では、ドラえもんのアニメの中で、出てくるような自然な日常会話でのフレーズを題材にして、楽しく日本語を勉強できるような工夫をしています。
そして、eラーニングのようなオンライン授業では、一方的と言いますか、インプットがメインになってしまうため、オンライン日本語教育システムDORAでは、WEB上に教室を設け、リアルタイムに先生と生徒がやり取りができる授業スタイルにしています。
オンライン日本語教育システムDORAがスタートして、まだ1年も経っていませんが、現在Facebookのファンページも15,000人を超え、有難いことに、生徒の数も徐々に増えてきています。
――DORAの教材はアニメーションや身近な表現が取り入れられていて分かりやすいと思います。今後の目標をお願いします
DORAのゴールは、日本語教育の現場でNo.1になることです。私は日本語学習者数は今後も増え、日本とベトナムがさらに近い存在になっていくと思っています。
IT系や機械系エンジニアの場合、ベトナムでも十分良い給料で仕事ができますが、ベトナムの地方は、まだまだ貧しく、仕事は多くはありませんし、留学生や労働者として、日本に行く人は増えていく状態がしばらくは続くと思います。
日本語クラスに通うことが難しい、ベトナムの地方の方や、仕事をしながら日本語を勉強したい方。そして現在、技能実習生として日本で働いている方。
地方で働いている方が多いので、なかなか日本語クラスを探すのも難しいと思うんですよね。職場によっては、日本語を全く話す機会がないところもありますし、日本語ができないから、仕事を任せてもらえなかったりします。
どこに居ても、誰もが日本語を勉強できるようにするために、このDORAのサービスをもっと広げていきます。
――最後に、これから日本へ行く人にアドバイスをください
日本に行く前にちゃんと日本語を勉強していってください。
日本語ができればどんな問題や辛いことが発生しても自分で解決できますし、事実私もそうしてきました。私は日本で起きた色々な問題について、辛いと感じたことはありません。自分がまだ日本のことを理解していないだけであって、それは嫌な事ではなくて挑戦だと考えていたので。
文化や生活の問題も結局は日本語からです。日本語は、日本での武器ですから。
――インタビューメモ――
日本語教育という観点から日本とベトナムの関係を支えていく、その姿勢からはDucさんの日本と祖国への熱い想いを感じました。
ベトナムでは現在日本語教師が不足しており、自身も日本語をかじった程度の先生が初心者に日本語を教えていたりして日本語教育の質が一定ではありません。日本語クラスでも生徒が多すぎて会話練習の機会が少なく、地方では日本人と関わる機会もありません。社会人であれば教室に通うことも難しいという現状があります。しかし来日前にきちんと日本語を学ばないと、先のエンジニアの例のように、結局、来日後に本人が苦しむことになってしまいます。
日本語教育システムDORAでは少人数制のオンラインクラスを開講し、どこに居ても専任教師の授業を受けられ、その場で疑問を解決できる仕組みになっています。これを活用することで、日本へ行きたい人が環境に左右されずに学習し、さらに日本でそれぞれの能力を活かして活躍できるようになるのではないかと思います。
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