大学卒業後、ベトナムの日系企業で就職。その後、技能実習生として日本に行ったグエン・ダン・ソン(Nguyen Dang Son)さん。険悪な雰囲気の職場、仲間の失踪……ソンさんを待ち受けていたのは過酷な環境でした。何度も帰りたいと思い、もう行きたくはないはずの日本。それでも現在、ベトナムの技能実習生送り出し機関で勤務するソンさんは、どのような想いで仕事をしているのでしょうか。
仕事で大失敗。傷心から日本へ
――なぜ、日本へ行こうと思ったのですか。
ベトナムで普通に就職したんですが、あるとき仕事で大失敗して、もうハノイにはいたくないと思ったんです。もともと外国で働きたいという気持ちがあり、その中でも日本を選びました。日本を選んだ理由は、日本語が好きだったことと給与水準が高かったことです。日本で経験を積み日本語力を磨けば、将来のキャリアに活かせると考えました。
日本に行くための方法を調べましたが、留学だと多額のお金がかかります。そんな時、友人が技能実習生の存在を教えてくれました。私は文系大学出身者だったため技能実習生しか選択肢がなく、それでも日本へ行くことに決めました。両親も、日本で働けば収入は安定すると同意してくれました。
――日本に行くときに何か目標はありましたか。
はい、決めていました。日本に行く目的は、日本での経験を積むことと日本語の上達でした。特に経済の中心である東京や大阪で経験を積み、将来は日本と関わりのある仕事をしたいと考えていました。
当時は日本に行きたい人が多いのに求人は少なく、日本に関する情報を得る機会もほとんどなかったです。だから、みんなどんな仕事でもいいから日本に行きたいと思っているような状況でした。
私も仕事を選ばず、面接して最初に合格した会社に行く事になりました。日本語センターで8カ月間勉強し、渡航前には日本語能力試験N4を取得しました。
――日本へ行ってみて何かギャップを感じましたか。
ギャップの連続でした。(笑)
まず、実習先に着いてショックを受けました。当初は大阪で働けると思っていたのに、配属されたのは和歌山県の山の中で、その時は正直、すごくがっかりしました。周りは畑と家ばかりで何もない。スーパーに行くにも自転車で15分かかるし、日本語教室や外国人のコミュニティもありませんでした。
そして次に、給与面です。日本に来る前は、最低賃金という言葉も知らなかったのですが、働く地域によって給料が違うことには驚きました。
衝撃的だったのは、出勤初日に全社員の前で挨拶をしたときのことです。自己紹介の時「日本で仕事の経験を積み、日本語も上達したい」と話したら、日本人の社員さんに笑われました。日本語の上達よりも稼ぎたいと考えている他の技能実習生の先輩たちにも笑われました。日本に行く前に持っていたイメージと真逆で本当にがっかりしました。「日本人は優しく、毎日楽しく仕事ができる」「日本人とたくさん話して、たまにみんなで遊びに行けるかも」と想像していたので、とても残念でした。
――どのような仕事をしていましたか。
建設関連の会社で機械加工した商品を梱包して運搬することが主な仕事でした。夜勤もあり、職場の人間関係は良くなく想像した以上にたいへんでした。
食事はベトナム人と日本人は別の部屋で食べることになっていました。理由は食文化の違いです。ベトナム人は、よくニョクマム(著者注:魚醤に似たベトナムのソース)という、匂いが特徴的なソースをご飯にかけます。ベトナム人には慣れた匂いですが、多分日本人は、苦手なんでしょう。(寂しくて)何度も辞めて帰りたいと思いました。
ベトナム人技能実習生40名が同じ職場で働いていました。寮では8~10人が同じ部屋に住んでいました。最初の1年は、仕事や生活、職場の人間関係に慣れるのに精一杯でした。
ベトナムで、あれだけたくさん日本語を勉強したのに、職場はベトナム人ばかりなので、日本語を使う場面が全くありません。他の会社に配属された技能実習生の友達は、ベトナム人が少ない環境で、日本人にも優しくしてもらえて、日本語を使う場面がたくさんあって、うらやましかったです。
トラブルを乗り越えてつくった人間関係。日本にはもどりたくない
――どうやって職場の同僚と関係性をつくりましたか。
仕事でちゃんと結果を出していくことで、自然に関係ができあがっていきました。最初は新しい仕事なのでできないことも多く、ミスもしますので、みんなから嫌われました。ただ、仕事ができるようになってミスが減り、日本語が少しずつ上手になると、部長や課長からもよくしてもらえました。結局は、仕事がちゃんとできれば解決する話なんですよね。
それがわかり、自分から話しかける努力をしました。家族のこと、週末の過ごし方、身近なことから質問をするようにしました。若い人であれば恋人の話しは盛り上がります。すると「日本語を勉強したいから教えてくれませんか」と言えば、みんな親切に教えてくれるようになりました。
――いちばん大変だったことはなんでしたか。
ベトナム人と日本人の間でトラブルが発生したときです。よく私が通訳として仲裁に入りました。
他の実習生は日本語があまりできない人もいて、仕事も大変なこともあり、適当に仕事をしていました。そうすると、まじめに働いている日本人とよく口喧嘩になりました。お互いに自国の言葉で暴言を吐くような状況が続きます。仲裁に入っても、どちらからも睨まれたり、恨まれたりすることがありました。
そのような職場の雰囲気なので、突然失踪する人も出ていました。
――また、日本に戻りたいですか?
今はもういいですね。日本に戻りたくはありません。私はベトナムで自分の会社をつくりたいと考えています。
でも、同じ建設関連の会社で働いた友人は、みんなまた日本で働きたいと言っています。目的はお金です。お金を稼ぐという目的で技能実習生として日本に行った人は、ある程度のお金を稼ぎベトナムに帰国しました。当然スキルも日本語も何一つ身についていないので、ベトナムに帰っても良い仕事に就くことができません。その結果、お金を稼ぎに再び日本で働きたいと言うのです。
私は「お金を稼ぐ」という目的で日本に行っても、お金は使えばすぐになくなるので、結局は何も変わらないと思います。
お金を稼ぐこと、経験を積むこと、目的が違えば結果も異なる
――技能実習生として日本に行ってよかったですか。
良かったです。
私が技能実習生として働いた会社は、働く環境としてはあまりよくなかったと思います。それでも私は、帰国する前には工場全員の顔と名前を覚え仲良くなっていました。一緒に働いていた他のベトナム人とは連絡を取っていないのですが、当時の部長や課長とは連絡を取り合っています。ベトナムに来るときは一緒に食事に行ったりもします。
――技能実習生の間で、どうしてそのような違いが生まれたのでしょうか。
技能実習生として日本に行く目的が違うからだと思います。
技能実習生の多くはお金を稼ぐことが目的です。なのでとにかく残業をしたい。きちんと給与さえ支払われれば、日本人の友達もいらないし、社内の人間関係だってどうでもいいと思っている人がほとんどです。まじめに日本語の勉強をする人は少数派です。
でも私の目的は「経験を積むこと」と「日本語力の向上」だったので、仕事で疲れていても日本語を勉強する時間を確保していました。実は一緒に勉強をしていた友達が先にN2に合格をして、彼に負けたことが悔しくて必死に勉強をしました。(笑)
自主学習でわからないところは休憩時間に日本人に聞いて勉強をしました。
ちゃんとした会社を紹介したい。まずは日本語をしっかり学んで
――これから日本で働く人たちに向けてメッセージをお願いします。
もう一度やり直せるのなら、私は日本に行く前にもっと日本語を勉強すると思います。技能実習生でも、やはり日本語ができないときついです。
そして、最初は緊張して日本人とあまり話せないかもしれませんが、日本人をつかまえてたくさん話しをしてほしいです。日本語が間違っていたら直してくれますし、話せば話すほど仲良くなれます。
もし日本人がつかまらなかったら、他の国の人でももちろん。(笑)
私の場合、会社の近くに大学があったので、よくそこのコミュニティーセンターに遊びにいきました。そこには外国人留学生や日本人の学生も多く、すぐに仲良くなることができました。
そこで出会ったインドネシア人の友人とは今でも連絡を取り合う仲です。彼はすごく日本語が上手で、刺激を受けて自分も頑張ろうと思えました。
――技能実習生の受け入れ企業について、送り出し機関の立場からどのように思われますか。
もちろん良い会社も悪い会社もあります。
はじめに仕事内容や給料、職場や住居環境などの条件を聞いて、私たちの定める基準と合わない会社は断るようにしています。
自分自身が技能実習生として、嬉しいことも、悔しいことも経験したからこそ、これから技能実習生として日本に行く生徒たちには、ちゃんとした会社を紹介したい。そんな想いでこの仕事をしています。
――後輩の技能実習生に対する想いはありますか。
毎回生徒たちを日本の企業に送り出すときは、嬉しさ半分、心配半分です。つらいことがあっても我慢できるだろうかとか、日本語はちゃんとできるだろうかとか、様々なことが浮かび、複雑な気持ちですね。
とはいえ3年後にはきちんと職務を全うして、ある程度貯金もして、元気な姿でベトナムに戻ってくることを楽しみにしています。それに加えて日本語も上達していたらすごく嬉しいのですが、それは期待しすぎですかね。(笑)
日本語能力試験のN2を取得していれば、ベトナム国内でも良い仕事を見つけることができます。明るい未来が待っています。N3じゃ、きついなー。日系企業で仕事になりませんからね。日本語学校の先生にはなれますが。(笑)
いつも生徒には、最初は何もできないんだからまずは挨拶だけでもしっかりするように、と指導をしています。そして、とにかく仕事をきちんとすること。日本語はできなくても、仕事だけはしっかりすることと。
次のようなロジックを生徒には話しています。
「日本語できる」+「仕事ができない」=「嫌われる」
「日本語できない」+「仕事ができる」=「好かれる」
「日本語できる」+「仕事ができる」=「とても好かれる」
仕事ができれば日本人との関係性もよくなり生活も楽しくなります。日本人と一緒に遊びに行けるようになると本当に楽しいですよ。
――日本では新しい在留資格「特定技能」が新設される予定ですが、どのように思いますか。
特定技能ができたらベトナム人に限らず日本へ行く労働者はさらに増えるでしょうね。実は日本に出張したときに電車で技能実習生たちが騒いでいるのを見て、うるさいなあと感じました。それくらい技能実習生が増えています。
実習生などで日本の常識のない人たちが増えると、トラブルも増えるのではないかと心配しています。日本に住む以上は日本語を勉強し、日本の習慣やルールを守ってほしいと思います。
また、技能実習生の提案を企業にしたときに「最近ベトナム人の悪いニュースが増えているのでベトナム人は欲しくない」と言われたこともありました。
良い技能実習生もたくさんいる中で、少数のベトナム人の悪い報道が注目されるのは悲しいです。技能実習生に限らず、最近は高度人材のエンジニアとして日本で働く人も増えています。転職を繰り返すベトナム人エンジニアも多いと聞きます。日本で働くのであれば、よく考えて仕事をした方が良いと思います。
――インタビューメモ――
今回のインタビューでは、ソンさんが日本語を勉強していたベトナムにある日本語学校の先生にもお話しをうかがいました。
「直接ソンさんに日本語を教えたことは数回だけでしたが彼はクラスの中でもよく話す生徒でした。3年間の技能実習を終え、こうして日本語を使って仕事をしている生徒たちの姿をみると、やはり嬉しいものです。」とT先生は答えてくれました。
初めての外国人採用、外国人雇い入れ時に読む冊子シリーズ、人事向けビジネス英語フレーズなどのお役立ち資料をご自由にダウンロードいただけます。
資料についてのご質問はお問い合わせぺージよりご連絡ください。